ああ、これか、つい最近経験した不快な出来事が府に落ちた瞬間だった。
コロナ禍でずっと通えなかったジムに久々に通いだした。とはいえ、客足は戻っていないようで、フロアは閑散としている。
平日の午後というころもあり、広いフロアでウエイトトレーニンのマシーンを使っているのは、私のほかにはパーソナルトレーナーから指導を受けている客くらいだった。
そのパーソナルトレーナーは、パーソナルトレーニングの指導中、彼の客が筋トレのマシーンを使う間中も回数をカウントするわけでもなくずっと話していた。近くだったし、声も大きかったので話の内容が否が応でも聞こえてくる。社会情勢や政治の話などを絶え間なく話していて、彼の口からトランプの名前がでたときはついに彼の客から、トランプの話はしたくない、と言われて話を変えていた。
そして、そのトレーナーが、私のほうを少しの間じっとみているのに気が付いた。彼の職業柄、私がマシンを正しく使えているかチェックしてくれているのだろうとおもっていた。
その後、彼は彼の客のほうに向きなおると、数日前に中国政府によって囚われの身となっていたカナダ人2人が釈放されたトピックを話し始め、話の最後を彼の批判めいた感想で締めくくった。
これは、、、マイクロアグレッションだ、と直感した。
そのとき、先日起こった、無関係の男性がラボで私を怒鳴りつけたこととつながった。あのときは、なぜ??と疑問に思っていたが、きっとこれが原因なのかもしれない。
ファーウエイの幹部がカナダで拘束されたのを受け、中国でその報復目的で拘束されたとみられるカナダ人男性2人には同情しかない。カナダ人が中国政府に対して強い憤りを感じるのも無理はないだろう。
しかし、だからといって、個人に対して憂さ晴らしをするという行為は許されるものではない。
日本人は、中国人と見た目は一緒なので、トレーナーは私を中国人だと認識したうえで、わざと聞こえるように中国政府の批判をして、嫌味を言っているのではないか。私の顔をはっきりとしばらくみてからすぐにその話を始めた、というところで、そう思えて仕方なかった。そしてそれが彼の思惑だったとしたら、その試みは成功した。実際、その後は非常に居心地が悪かった。
J次郎はこの話を聞くと、怒り心頭。
J次郎は白人ではない。カナダで育ったJ次郎は、メキシコ人ではないが見た目からメキシコ人と認識したひとからメキシコ移民の悪口を聞えよがしに言われる、といった、間接的な嫌がらせ行為を日常茶飯事に受けてきたという。建物の入り口ではJ次郎が後に続こうとするとドアをあからさまに閉められたり、TTCのバスドライバーには、乗るときにチケットをみせたのにもかかかわらず席についてからもう一度みせにくるようにアナウンスされたり、TTCの駅でIKEAへの出口を聞いたら、自分は案内標識でははない、と教えてもらえなかったり。
ここのジムは今後も通いたいとおもっているところだし、全くの誤解である可能性もあるけれど、その場合でも疑心暗鬼になってもやもやする気持ちをためこむよりは、J次郎の強いすすめもあって、ジムに今回のことを訴えてみることにした。それに、ジムのトレーナーが職場で政治や社会情勢の話とその感想を大声で話すというのはどうなのか、という問題もある。
いつものように、このジムのサイトをよーく読み込んで、分析していく。会社として公言していることを把握し、キーワードをいくつかピックアップし、文章に落とし込んでいく。この会社のトップキーワードはジムだけあってポジティブ。
具体的には、このようなことがあってはその日はもうポジティブな気持ちでいることが難しかったとか、カスタマー皆がポジティブでいられるような会話をするようにトレーナーを指導してほしいです、とか。
トレーナーが意図的にしたのではないと思いたいが、という前提を踏まえたうえで、市が啓発する差別に関する嫌がらせ行為についての定義についても引用し、なぜこのような訴えをするにいたったかという思いを決して責めることなく、切々と訴える内容をしたためた。
いつものように私が書いた原稿をJ次郎が文法や語彙など手直ししてメールは完成した。
一晩寝かせて、次の日の朝、もう一度見直して、メールを送った。朝の方が、責めるようなことが書かれていないかより冷静にチェックできるのだ。
そして、お客様窓口のようなところに送信するだけではなく、人事課と思える部署へも送信した。
お客様窓口だけだと、それをみたひとが適切な部署へ回すことをせず、その人の判断で、それはすみませんでした、今後は気をつけます、的な杓子定規な答えが返ってくるだけで根本的な解決がなされない場合もあることを想定している。今回は2か所に送信したが、事の重大さによっては2か所以上に送信することもある。
また、今回のようなケースで絶対に避けるべきは、その店のマネージャーに口頭で直接伝えること。 マネージャーも同じようなタイプのひとである可能性や、マネージャーとその人物がとても仲が良いケースもあるのだ。特に、自分より少しでも下だと思える立場のひとを見下すような態度を平気でとるひとは、その分振り子の振り幅のように上に対しては媚びへつらうので、直接の上司にとってはとても可愛い部下だったりする。その場合、いくら訴えても無駄になってしまうのだ。
さて、朝にメールを送ってその日の午後には返事をもらえた。