あるビルの前で、痩せた裸足の老婆が車に寄っていき、窓ガラスに向かって小銭をねだっていた。
すると車の窓ガラスが開き、助手席から10ルピー札一枚(約20円)が老婆に差し出された。
老婆が受け取ろうとしたその瞬間、別の手がのび、10ルピー札は横取りされた。
横取りしたのは、そのビルに雇われていると思われる、制服を着て帽子をかぶった、30代前後とみられるふっくらとした端整な顔立ちの一見やさしそうな男性だった。
車の中から、そのお金はお前のものじゃない、老婆に渡せ、と指図すると、その男はポケットから財布を取り出し、10ルピー札をしまい、かわりに1ルピーを老婆に渡した。
車の中からいくら言っても男は聞き入れず、老婆もすがるように男に懇願するが、柔和な顔つきの男はにこにこと笑顔で首を横にふるだけ。そのうち何事もなかったようにもといたところへ戻っていった。
一部始終をみていたJ次郎は怒りがこみあげてきたようだったが、私はなんだかすごく悲しくなってしまった。
そして10ルピー札をそっと老婆に渡しに行った。