Toronto Film Districtでエキストラの仕事をする
エージェントから電話がかかってきたのは前日の日曜の午後のことだった。
先週ある映画のエキストラ仕事をしたときに俳優らがエレベーターに乗り込むシーンがあった。そのとき彼らのすぐ近くに立つように指定され、最後に名前をきかれたので、おそらくその続きのシーンの撮影があるのだろうとおもわれ、エージェントに私とJ次郎の名前を指定されて仕事の要請があったのだった。
撮影の日は月曜日。詳しい開始時間がわかり次第連絡すると言われたが、エージェントから再度電話があったのは夜の10時を過ぎていた。
午後に話したとき、これから2ヶ月はインドへ行くため仕事ができない旨を伝えたので、もしかしたらキャンセルされたのかな、とおもっていた。ちなみにエージェントの話によると、1、2月は撮影があまり行われなくなるが、今は撮影がまだ繁忙期ということなので、残念だった。
そして、撮影の時間については、その時点ではその日の撮影が終了していないため、依然としてわからないという。次の日の朝また連絡をすることを約束してくれ、私たちは眠りについた。
先週の撮影現場はオフィスビルだったのに、平日に撮影が行われるというので、いったい何時になるのだろうかと不安におもっていた。
結局エージェントから電話があったのは当日の朝で、集合はお昼の12時半ということを告げられた。場所は変わり、オフィス街からぐっと離れ、やや辺鄙なところになった。
自転車で行きたかったが、荷物もあるし、撮影が終わるのが夜中の2時過ぎになる可能性もあるので、地下鉄とストリートカーを乗り継いで行くことにした。
着いたのはToronto Film District。いわゆる映画の撮影所。
同じバスに乗り合わせた人たちが、私たちと同じ映画の名前を話題にしていたので、そのひとたちの後をついていった。入り口ではセキュリティーに映画の名前を告げで敷地内へ入れた。
IDや、映画に参加している証明のようなものをみせずにあっさりと入れたので少し拍子抜けした。今回の映画にはトムクルーズやレオ様のようなスターが出演していないからなのだろうか。
倉庫のようなだだっ広い建物の中へ入ると、先週の撮影現場のオフィスビルのなかのエレベーターホールがそっくりそのまま再現されていたのには感心した。気分はすっかり社会科見学。
今回は呼ばれたエキストラも少なかったので、撮影のスタッフと同じ食事がもらえた。食事はブッフェで、もちろんスタッフが先に取った後になるのだが、たっぷりと用意されていたので問題はなく、おいしくいただいた。
さて、撮影のほうは、今回はあまり出番はなかったが、それでも終わったのは9時半。J次郎に日本語を教えたりして時間をつぶした。給料は拘束時間に対して払われるので、ほぼ一日控え室で過ごしても給料は支払われる。実はこの日はJ次郎の体調があまりよくなく、かえって出番が少なくてよかった。
普段は在宅ワークだが、金曜日は久々に職場へ行き、仕事の後同僚と飲みにいったが、そのうちの仲の良いひとりがH1N1インフルエンザにかかったとのことを聞いたのは次の日の月曜のことだった。
この映画が封切られるのは2年くらい後のこと。わざわざ劇場へは足を運ばないとおもうが、機会があったらみるとおもう。
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映画のエキストラの時給
次の日の日曜も撮影は続いた。
土曜日から日曜にかけて、夏時間から冬時間にかわり、一時間余裕ができたこともあり、日曜の朝の集合時間は土曜より一時間早い朝6時。指示されたとおり、前日と同じスーツを着込み家をでたのは朝5時。
この日の撮影はほとんど外で、その他大勢のなかに紛れていたが、季節が秋の設定だったため厚着は許されず、寒くて辛かった。
また、フィラデルフィアの街にどしゃぶりの雨が降る設定だったので、雨は冷たく余計に寒かった。雨は5階くらいの高さのクレーン車の先端に取り付けられた大きなスプリンクラーのようなもので雨を降らせた。
さて食事は、朝は紅茶とインスタントのコーヒーとともに、食パンにピーナッツバターやジャム、ビスケット、オレンジとりんごが用意されていた。
加えて昼はケータリングでパンにサラダやミートソースのパスタにブラウニーなどが給食のように並べられ、各自自分で取り分けるのだが、列の最後のほうに並んだひとにはもはや何も残ってない状況で、早い者勝ちだった。そんなひとには、エキストラではないスタッフのお弁当が残っていたらしく、それを支給されていた。
自分でお弁当を用意しているひともいた。
そして、気になる私たちの時給は、10.5ドル。そのうちエージェントに10%引かれ、さらにしかるべき所得税も引かれる。
そしてエキストラのなかには、ACTRAと呼ばれる組合に属しているひとたちもいて、そのひとたちは10時のスナックのほか、ランチも別の食事が与えられる。時給も私たちの2倍以上。私たちは一日何時間働いても同じ時給だが、彼らの場合、一定の時間以上は残業扱いになり、時給が3倍になるという。おもに撮影は一日12時間、16時間はざらなので、一日で結構な額を稼ぐことになる。
ただし、そのACTRAのメンバーになるには一定の条件をクリアしなければならないらしい。一言でも台詞があるか、決められた期間内に決まられた時間働くと、晴れてメンバーになれるとのこと。一度メンバーになると毎年メンバーシップ料を払う必要があるが、その他もろもろ、それを補って余りうる厚待遇が受けられる。
撮影現場では、俳優が話す台詞以外の音は出してはいけない。エキストラはしゃべっている振りをするだけ。始めたばかりの私たちは、口パクで会話するのには違和感はなくなったが、ACTRAへの道ははるか遠いのだった。
映画のエキストラの仕事をする
トロントでは映画の撮影が頻繁に行われていて、街を歩いていると撮影にでくわすことがよくある。
その日トロントのオフィス街、Bayストリートのある一角は、アメリカのPhilidelphiaの街角になった。
道にはフィラデルフィア警察のパトカーが並び、エキストラの車のナンバープレートはフィラデルフィアのプレートに付け替えられ、通りの名もフィラデルフィアのストリートに変えられた。
土曜日、私とJ次郎は早起きしてスーツを着込み、朝6時に家を出て、仕事へと向かった。
これから2日間、私たちはBackground(バックグラウンド)と呼ばれるのだ。
まず登録を済ませ、持ってきた衣装を見せる。
この日はupscale(高所得者層)のオフィスワーカーに扮するので、J次郎はネクタイを締め、スーツを着込み、すっかりビジネスマン。IT業界に身をおいているJ次郎は普段オフィスへ行くときはビジネスカジュアル。ネクタイを締めるどころかスーツを着ることはほぼ皆無なのだが、この際にとインドでオーダーメードしたスーツが、意外なところで役にたった。私も久々にスーツ姿。靴もそれなりのきちんとした靴を履く。
エージェントからの指示には、メークも済ませ、指示された服装を着て仕事場へ赴くことと、予備の服装のセットを必ず持参することを告げられていた。
服装チェックの係りの女性は、予備のセットにと用意したやはりインドでオーダーメードしたカシミヤのジャケットをみると、あら素敵なジャケットねえ、肌触りもいいわ、といたく気に入った様子。そのスーツもいいけれど、他の人たちと同じような色なので、このジャケットを着てちょうだい、といわれ結局J次郎は全て着替えた。
私は持ってきた別のスーツを見せると、あら、これもいいスーツじゃない、でもあなたは今きているのでいいわ、ということで着替えなくてもよいことなった。
他のひとをみていると、旅行に行くようなスーツケースに服を詰め込んできている人たちが多く、あれこれいいながら服装チェックを受けていた。
初日はオフィスビルのロビーでのシーン。
エキストラは、立ち位置を割り振られていく。J次郎は2、3人で話しながらロビーを歩いていく係り。
私はなぜかひとりだけ呼ばれ、ここに立ち、俳優がビルの中に入ってきたらその後ろを通過してね、と指示を受けた。
ところが、俳優が入ってくると、2メートルくらい後を、ぴっちりとカメラが追っていて、なかなかタイミングが難しい。俳優は曲がるのだが私はまっすぐなので、俳優とカメラの間を横切ることになるのだが、タイミングを間違えるとカメラにぶつかってしまう。
そのうち、立っていていきなり歩き出すと不自然だから、かがんで、ソファーに座っている別のエキストラと話してから歩きだすように指示があったが、それだと俳優が入ってくるのが見えず、さらに難しい。
それでもなんとかこなしたが、それもなんだか不自然に見えるらしく、あーでもないこーでもないとAD同士が相談し、さらに指示が変わりソファーに向かってかがむ角度がかわったりした。
正直、その他大勢のなかでいるかいないか紛れているだけだと思っていたのでかなり面食らってしまった。
ちなみに私が話していたのは、子役の赤ちゃんの本当のお母さん。ベビーカーには本物の赤ちゃんを乗せていた。この赤ちゃんは双子で、ひとりがぐずつき始めるとすぐにもうひとりが連れてこられた。ちなみに赤ちゃんは4時間までしか働くことができないそうで、もう一組別の双子が用意されていた。
この日はあと2シーン撮影があり、私とJ次郎は全てに呼ばれて、7時に終わったときにはくたくたになった。途中12時からランチがあったが、時間が短く、あわただしく過ぎていき、ろくに休めたものではなかった。
長くなるので続く。
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映画のエキストラの登録に行く
2週間前のことになるが、J次郎がインターネットである映画のエキストラのオーディションの公募をみつけた。
J次郎は10代のころにエキストラの仕事をしたことがある。拘束時間は長いが、呼ばれるまでは何しててもいいから、好きなことができるし、食事もでるので、ちょっとしたお小遣い稼ぎにはいいらしい。
私とJ次郎の写真をメールで送り、予約をとった。
その日はスーツを着てビジネスの服装で来るようにとの指示があり、さらにその場でエキストラの登録もすることになるのだが、その際にはカメラマンが写真を撮るとのことで、それにお金を払う必要があった。
ところが当日の日曜は、天気も悪く場所がやや不便な場所だったこともあり、私たちの腰は重かった。
そして結局予定が立て込んでしまい、いけそうになくなってしまって、断りのメールを送ったのだった。
その一週間後、同じエージェントから、あらたに登録だけのオープンハウスがあり、服装指定もなく無料で登録できるとのお知らせをもらった。
行ってみるとそこはキングストリートのあるヨガ教室が会場になっていた。
登録用紙には、名前や国籍、身長などのサイズともに、どのような服装が用意できるか、またローラーブレードやスケートボード、自転車を持っているか、なども聞かれた。
特技の欄では特に書くことないなあ、とおもっていたところ、J次郎が水泳と書けと言ってきた。
冗談だとおもって軽く受け流したら、彼は本気だった。オリンピック選手並だったらまだしも、そんなのJ次郎のまつげにマッチ棒が乗っけられるのと同じ程度のものにしかすぎない。
そういうのは、たとえば空手ができるとか、バレエが踊れるとか、手品ができるとかじゃないのか、と言ったが、あまり食い下がるので、半信半疑で水泳と書いた。ふたりとも。
私はJ次郎にMCと書くように勧めたがそれは書かないと言い張る。
私はたまにJ次郎のスタンダードが理解できないことがある。
そして案の定、写真を撮った後、今回このエージェントを立ち上げた女性と挨拶をして、話しをしたところ、特技の水泳について彼女にくすっと笑われた。慌てて、消したほうがいいですようね、と申し出ると、別に消さなくてもいいわよと笑顔で答えてくれた。
普通はエージェントに登録するときはお金を払う必要があるが、今回は無料だった。彼女は自身のエージェントを新しく立ち上げたばかりだったのだ。
まあ無料で登録できて良かった、くらいにしか考えていなかったが、今日、そのエージェントから連絡がきて、週末のエキストラの仕事をふたり一緒に打診された。
こうして初仕事は意外と早くきたのだった。




