ダウンタウンでラーメン~KENZO~
トロントにもやっと春がきたかとおもえばまた冬をおもわせる寒い日。ラーメンが食べたくなってKENZOへ。

ダウンタウンの、YONGE&DUNDASの交差点から程近い便利なロケーション。
日曜の3時過ぎに着いたけれど、店内は込んでいて、一瞬満席か?と焦ったが、奥のほうにも席があり、なんとか座れて一安心。

↑ 餃子7.95ドル。大きめで食べ応えあり。

↑ 札幌味噌ラーメン 8.95ドル。
野菜たっぷりそうだったので選んだ。肉はチャーシューではなくひき肉がぱらぱらとのっている。

↑ とんこつラーメン。8.95ドル。
J次郎はこってりとんこつ。たまたまかもしれないが、何故か上の札幌味噌ラーメンと比べてスープの量が少なかった。
食べ終えた感想として、私は、ひき肉タイプのラーメンがあまり好きではないことがわかったので、次はとんこつを頼もうとおもい、J次郎はボリュームにやや不満を覚え、味見したときスープがとんこつのそれより好みだったとのことで、次は札幌味噌ラーメンを頼もうとおもった。
じゃあ最初から交換すればよかったのに。
とはいえ、味千ラーメンでは、太麺タイプの麺が、どうしても、スパゲッティーを食べているような気がしてしかたなく、スープはおいしいので非常に残念な気持ちになったが、ここは麺はそのようなことはなく、スープもおいしくまた来ることは確実。
ERで診察してもらう その2
しばらく待つと、めがねをかけた中国系の若い女性が部屋に入ってきた。
彼女は医者だった。
再度血圧と熱と心拍数をはかった。38度少し熱があった。再度ひととおり症状や状況を説明し、彼女の質問に答える。と、あ、これは、、、、。といって、ぱたぱたと小走りに部屋をでたかとおもうと、マスクに手袋をして完全武装で戻ってきた。
また問診を続け、終えると彼女はでて行った。
そしてその後また待つ。
すると、今度は40台前後の男性の医者が部屋に入ってきた。
またはじめから症状や具合について説明する。朝から数えて6回目。
ひととおりの検査をするが、マラリアのテストもするという。でも、インドで検査したら陰性だったのに、ともう一度説明すると、インドの医者は信用できないんだよ、と、一言。インド敵対国の出身か。
インドで何してたの、と聞くので、出張についていっただけ。観光や買い物などしてた。そして、He earns, I spend.と、付け加えた。
これは一緒にゴアに旅行に行ったとき、J次郎の同僚の女の子が来ていたTシャツのフレーズで、Dad earns, I spend.(パパが稼いで私が使う)を思い出し拝借してみたのだが、彼は気に入ったらしく、部屋を出て行きながら繰り返していた。
彼が出て行ってからまた時間は経ち、次は若い男性が入ってきた。
短めの金髪の、毛先までしっかりハードジェルで固めていて、テレビドラマのERにでてきそうな感じだった。
採血してもらったが、ひとつボトルを忘れてしまったらしく、2回も針をさすはめに。フレンドリーなひとで、血をぬきながら、なぜインドに行ったのか、などと会話した。出張についていったんだ、というと、彼は何の仕事してるの?と聞いてきた。ITだよ、アウトソーシング。でもそううまくはいかないみたい。だから予定より大幅に滞在が延びてしまったんだ、というと、へえ、と、興味深そう。
そして、尿検査と、検便のボトルも持ってきた。
ここで問題があった。このとき、下痢していて、どうやって検便できるのか。それを伝えると、彼は紙製の平らな便器の形をしたものを持ってきてくれ、これで受け止めるようにとのことだった。なるほど。
その後、胸部のレントゲンを撮った。時計は夕方5時を回っていた。
ERの待合室で自販機のオレンジジュースを買っただけでお昼ごはんを食べていなかった。病院内にフードコートはあるが、今の私に食べられるものは売っていない。ひもじかった。ひとりでERに来たことを後悔した。まさかこんなに長時間いることになるとはおもわなかったのだ。
そして、さきほどの男性の医者が再び現れ、マラリアのテストの結果次第で、マラリアだったら数日入院、そうでなかったら帰宅、後日別の医者のところで診察を受けることになる、と告げられた。え、尿路感染症はどうなったの、、、。
また時が経ち、採血してくれた若い医者が結果を教えてくれた。
マラリアではなかった。よって、帰宅。
OHIPのおかげで、ここまでも全て無料。
別のクリニックを紹介するから、電話して予約をとって、後日この紙を持っていくように、と用紙を渡される。
それは、同じ病院内のTropical Medicineという科だった。
これでまた、振り出しにもどったわけだ。そこの医者の診察が受けられるのはいつのことになるのだろう。
マラリアの有無だけでなく、他は、何を検査してそれらの検査結果はどうなるのだろう。異常があれば知らせてくれるだけなのか。
病院をでたのは、夜7時を過ぎていた。
外にでるとあたりはすっかり暗くなり、雪が降り始めていた。
とぼとぼと家路についた。
続く。
ERで診察してもらう
Toronto General Hospitalに着き、言われたとおり受付に紹介されてきたことを告げ、持ってきた紹介状の紙を見せると、まずホスピタルカードをつくるように言われる。
そこでカードを発行しているところに行き、そこの受付に事情を説明し紙をみせると、ERと記されているから、ERへ行けという。そこでもカードを発行してくれるとのこと。
確かに、診療科目のところにはER; TRAVEL と書かれてあるけれど。
不安を抱きつつ再びERへと移動。
ERでは、まず受付には名前を書く紙が置いてあり、自分の名前と書いた時間を記入する。この名簿の上から順に名前が呼ばれる。
30分くらい待って看護士に呼ばれ、血圧と心拍数と体温を測り、症状を説明する。
看護士は強い中国語のアクセントがある、仕事熱心に見受けられる女性だが、話せば長い話のところを、話をさえぎったり勝手に解釈することが多く、だから今説明してんじゃん、ということがたびたびあり、いらついてしまった。すると、大丈夫よ、落ち着いてくださいね、などとなだめられてしまった。誰のせいだ。
それにしても、私は本当にERでいいのか。他に私よりずっと辛そうなひとや緊急度の高いひとが大勢いるところなのに。私は緊急な治療が必要なわけではなく、詳しい検査が必要なだけなのだ。
ということは、私はかなり後回しにされる、ということでもある。
そこで、私は、紹介状をみせ、受付でこの紙をみせたらここにくるようにいわれたんだけれど、この紙にはTRAVELとも書いてあるし、ウオークインクリニックの医者はTRAVEL CLINICを紹介してくれたはずなんだけれど、私本当にERでいいの?と、聞いてみた。
彼女は、いいのよ、それは医者が判断することだし、あなたも具合が悪いから自分でERにきたんだし。心配なにのよ、と励ましてくれる。
ひとの話聞いてるのか。大丈夫なんだろうか。
ERの受付は寒かった。
それからまた待ち、名前が呼ばれると、ホスピタルカードの登録に呼ばれた。オフィスの部屋で住所などの入力とともに、再度ここへ来た理由やら症状やらを聞かれたので、再度説明した。
看護士はふたりいたが、隔離、隔離とささやいているのが気になった。
そしてまた寒い待合室で待つ。
さらに別の看護士に呼ばると、処置室のような部屋に連れて行かれ、着替えて横になるように言われ、看護士はすぐ医者がくるから、と言ってでていった。
やはり私は隔離されたのか。部屋の外の廊下にはストレッチャーの上に寝かされ付き添いの家族とともに待っているひとたちが何人もいた。
薄い割烹着のようなものに着替え、硬くて細いストレッチャーの上に横になった。
もちろんすぐに医者はこなかった。
横になっていられるのはありがたかったが、部屋は寒く、かけるものはあったがコットンのシーツだけで、その上からコートをかけてひとり待った。
続く。
WALK IN CLINICへ行く
インドより帰国してから4日後、処方してもらった抗生物質が終る日。
それでも依然として38度を越える熱と悪寒が続いている。
しかたなくウオークインクリニックへ行くことにした。
朝9時過ぎに着くと、すでに10人くらい待っていた。本当はもっと早く着きたかったのだが出かける直前になって腹痛がはじまってしまったので予定より遅くなってしまったのだ。
受付で尿路感染症だと告げると検尿の小さなボトルも渡された。尿を入れたらそのまま自分で持ってて、呼ばれたら医者に渡すように、とのことだった。
ところが、トイレに行っても尿がでなかった。つい先ほど下痢で苦しんでいたのでこれ以上の水分はでてきそうにない。
そこで受付のひとに今は無理だと告げると、呼ばれるまでに済ませればいいから、とのことだったが、そんなに短時間のうちに簡単にでてくるものか、明日また出直すのもいやだなあ、などと焦って、持ってきていた水のボトルをぐいぐいと飲み干した。
しかし、私の心配は無用だった。
私の名前が呼ばれたのは、1時間半以上たってからだったので、尿が生成されるのには十分な時間だった。
呼ばれると、診察室の前の廊下へ連れて行かれ、また待つ。ここからまた長いので、隙をみてトイレへと行った。
診察室の前で観察していると、どうやらその日は月曜で平日ということもあり医者は3人いるようだった。しかし、それでいて、なぜこんなに時間がかかるのだろう。私の前には待合室には10人ほどしかいなかった。すでに待合室外で待機しているひとだってせいぜい4,5人だろう。
ウオークインクリニックでも医者が専門に別れているのだろうか。それとも、クリニック開始の時間(患者の受付)と、医者が実際に診察を開始する時間に大幅なずれがあるのではないか、などと勘ぐってしまう。
そのうちやっと診察室へとおされ、まずは看護士のようなひとに事情をきかれ説明する。彼女はそれをPCに入力していく。ついでに尿検査のボトルがあることを告げると、手袋をはめ、その場で簡単な検査をした。すると、尿に血が混ざっていることが判明した。肉眼では見えないが、検査するとわかるらしい。
そしてまた待たされ、いよいよお医者様ご入場。
ここのウオークインクリニックには3回ほどきて2人の医者に診てもらったが、今まで会ったことのない医者だった。
40代くらいの男性の医者で、診察室のドアに貼ってある医者の名前からしてそうではないかとおもったが、英語はネイティブだったが、やはり、もともとはインドおよびその周辺諸国系であることは間違いない。
さきほどの看護士に説明したのと同じことを再び長々と説明すると、熱が20日間、下痢が12日間も続いているのはよくない、ということになり、Toronto General Hospitalを紹介してくれることになった。
そして、さきほどの看護士がすぐに紹介状を持ってきてくれた。この紙を持って、今から病院に行き、受付でその紙をみせるように言われた。
こうして、私はそのウオークインクリニックから歩いてすぐのToronto General Hospitalへと向かったのだった。
時刻は11時を過ぎていた。
ここまでの費用は全て無料だった。
続く。
尿路感染症の治療その2
それから処方された7日分の抗生物質を服用し終えたが、一時期に比べずいぶんよくなったもののまだ症状があるので、再度医者に電話した。帰国の日が迫っていたので不安だった。
薬を処方してもらうだけのつもりだったが、医者が来るというので、別にきてもらわなくてもよかったが、来てもらった。
そし再度問診し、5日分の抗生物質を追加してもらった。カナダに帰る2日前のことだった。
ハイデラバードには4週間近く滞在したが、そのうちの4分の3はホテルから一歩も出ずベッドで過ごしたことになる。
帰国の前日、このままホテルから空港へ直行するのはいやだったので、J次郎に付き添ってもらってホテルの近辺を散歩した。

↑ 街角の野菜売り。その他、バナナとかライムとかを自転車に積んで売りにくるひとたちもいた。
ホテルの裏手のあたりなのだが、別世界だった。のどかな世界が広がっていた。
昭和をおもいだした。






帰国は大変だった。
なんとかカナダの自宅までたどり着いてそれはそれはほっとした。
一時期に比べるとずいぶんよくなっていたとおもったが、帰国後熱をはかると、常に38度前後はあった。いったい一時期、一番辛かったときははどれくらい熱があったというのだろう。
次に長期で旅行するときは絶対体温計も持っていこうと心に決めた。




