まずOHIPカードの紛失に関してはその日に訪れたひとたちのファイルを全部確認するなどして探し出す努力をすること、暴力的でもなく、従業員にハラスメントを行っているわけでもないものに対してセキュリティーを呼ぶのは間違っているし、まして本人にOHIPカードの番号を教えない、ということもありえない。スタッフがその日とった行動は会社が従業員に対して定めているものではない、という内容で、平謝りだった。
会社は私の訴えを受け止めてくれて、非を認めてくれたのだ。
そして、マネージャーとメールでやりとりしているときに、例のラボのスタッフから電話があった。
あなたが忘れていったOHIPカード、とりにきてねー。という。電話をかけてくれた女性は、あの日はいなかった方だった。それでその女性に、私が忘れたわけではないこと、これまでのいきさつを簡単に説明した。その女性はとても感じが良い方で、彼女も私に起こったことに対して申し訳なく思ってくれて何度も謝ってくれた。
メールでやりとりしたマネージャーはOHIPカードを私に届けてくれることも申し出てくれたが、そこまでしてくれなくてもよかったし、歩いて行ける距離なので、自分で取りにいくことにした。このときはまだ、失くしたのは私だと決めつけ、私を責めまくった彼らが今どんな顔してるのかみてやりたかった、という気持ちも正直あった。
ラボに着くと、相変わらずラボの入り口付近では人々が外で立って並んで待たされている。コロナ禍でラボの中に入って座って順番を待つことのできる人数が限られているのだ。
半開きになったラボの入り口のドアから、聞きなれた声がするのに気が付いた。明るく感じ良く、グッバイー!ハバナイスデー!と言っているその声は、私とやりあった例の男性の声ではないか。え?仏頂面で、終始あんなにむすっとしてた、あの彼と同じひと??
ここで、スマホの録音のアプリで、録音を始めた。これで、後々いいがかりをつけれられても、私がハラスメントなどしていない証明ができる。
でも、これは全くの杞憂に終わった。
私がドアを開けた途端、私の顔をひとめみただけで、たぶん電話してくれた女性と同じひとおもうが、私のことをまるで彼女の昔からの大切な親友のように迎えてくれたのだ。そして、OHIOカードを返してくれるときに、今回起こったことを詫びてくれた。
例の彼は、というと、わたしを認識したとたん、まっすぐに受付カウンターの隅っこに座り、背中を丸め小さくなってうつむいたまま電話の受話器を握り締めている。電話などかかってきてないし、かけてもいない様子だった。
私は彼にあいさつしに行った。彼の前に立ち、ハイ、と声をかけると、彼は受話器を頑なに握り締めたまま、顔をあげると、笑顔をこちらに向け、小さい声で、Hi, how are you? sorry about that. と、さらっと詫びた。会社にクレームいれたきゃ好きなだけ入れりゃいいだろう!!、と私をにらみつけたあの日の態度がまるで嘘のように、この日はディズニーランドのキャスト並みに感じのよいひとに変わっていた。
私に向けたその笑顔は、彼なりに精一杯の行為なのだと感じた。私にとってはそれでもう十分だった。彼はあの日とった彼の行動が適切ではなかったことを十分理解してくれたのだ、と受け止めた。
私は、彼に、私の立場を理解してくれたことを感謝します、bye!と告げて、ラボを後にした。
ラボの入っているビルをでると、近くの通りが封鎖されていて、先住民族のグループが彼らの置かれている立場、権利についてスピーチしていた。私は足をとめ、話している女性のスピーチに聞き入った。
彼らの先祖が経験してきたつらい過去について思いを巡らせるなか、正しいことを正しく主張すれば認めてもらえる時代、社会に我が身があるというのは、素晴らしいことであり、非常に恵まれていることなのだ、と思った。
そして、思い出して先ほどのスマホの録音を削除した。